アマミノクロウサギ、天然記念物100年

2021年01月02日

1921年に国の天然記念物に指定されたアマミノクロウサギの図版。(旧内務省発行「史跡名勝天然記念物調査報告第23号」より)

1921年に国の天然記念物に指定されたアマミノクロウサギの図版。(旧内務省発行「史跡名勝天然記念物調査報告第23号」より)

 奄美大島と徳之島だけに生息する1属1種の固有種アマミノクロウサギ。1921(大正10)年に国の天然記念物に指定され、今年で100年を迎える。日本の貴重な財産として保護の取り組みが始まった後も、数々の受難に見舞われながら、小さな命は森の中で生き延びてきた。世界自然遺産登録を目指す奄美のシンボルとして保護の重要性はますます高まっている。

 

 ■南島雑話に「大島兎」

 

 「ピシィーッ」。奄美大島の夜の森、暗闇の中に甲高い声が響く。アマミノクロウサギの鳴き声だ。侵入者の気配を感じて、仲間に危険を知らせているのだろうか。鳴き声で交信するのはクロウサギのユニークな特徴の一つで、世界のウサギの中でも珍しいという。

 生物学的な分類はウサギ目ウサギ科アマミノクロウサギ属。体長約40~50センチ。名前の通り、全身が褐色の毛に覆われ、耳が短く、短い足に鋭い爪を持つ。奄美群島が大陸から分離した後、他の地域にいた仲間が天敵や競争相手の出現などによって絶滅し、奄美大島と徳之島だけに残ったとされる。原始的な姿を残すことから「生きた化石」といわれる。

 

  奄美の歴史の中で初めて登場するのは、幕末に薩摩藩の上流藩士だった名越左源太らが奄美大島の自然や文化を詳細に記録した地誌「南島雑話」。2点の挿絵とともに「大島兎(うさぎ)」と紹介され、「耳が短く、本土の兎とは少し形が異なり、猫に似ている」と記されている。

 

 他にも、国の天然記念物ケナガネズミとみられる動物や「チリモヌ」という獣、「人魚」など謎の生き物も描かれている。

 

 「なぜこれらの生き物を抜き出したのかはよく分かっていないが、幕末の奄美に変わった生き物がいることは明確に分かっていた」と奄美市立奄美博物館の高梨修館長は分析する。

 

畑のそばに出没。近年キビやタンカン樹皮の食害で厄介者扱いされることも=奄美大島

畑のそばに出没。近年キビやタンカン樹皮の食害で厄介者扱いされることも=奄美大島

 ■「極メテ特殊ノ兎」

 

 幕末から明治にかけて、欧米から来日した外国人による動物の収集活動が盛んに行われた。送られた標本を基に海外で日本の哺乳類の研究は活発化。アマミノクロウサギも、奄美大島で調査を行った米国の人類学者ファーネスが、1896(明治29)年に標本を採集。1900(同33)年に新種と記載され、世界に知られるようになった。

 

 高梨館長は「1920年代に日本の哺乳類学が始まる前史として、南島雑話に特徴的な生き物がリストアップされ、情報として分かっていたことは重要。天然記念物に即つながってくる情報だ」と指摘する。

 

 明治の近代化を背景に、開発による破壊の危機から文化財を守るため、文化財保護法の前身である史跡名勝天然記念物保存法が1919(大正8)年4月に公布された。

 

 アマミノクロウサギが動物として初の天然記念物に指定された1921年3月、旧内務省が発行した「天然記念物調査報告」(史跡名勝天然記念物調査報告第23号)で、調査会考査員を務めた鳥類学者の内田清之助は、クロウサギについて次のように記す。

 

 「鹿児島県大島及徳之島ノ二島以外世界何レノ地ニモ産セザル、極メテ特殊ノ兎」「動物学上顕著ナル種類ニシテ然モ其ノ分布区域ハ大島、徳之島ノ如キ面積小ナル二小島ニノミ限ラレ其ノ棲息数も余リ多カラズ」

「南島雑話」に描かれたアマミノクロウサギ(奄美市立奄美博物館所蔵)

「南島雑話」に描かれたアマミノクロウサギ(奄美市立奄美博物館所蔵)

 

 ■時代に翻弄

 

 内田はクロウサギを貴重な動物と評価し、二つの小さな島だけに分布が限られ、生息数も少ないと解説。

 当時、クロウサギの肉は食用や婦人病に効くとして薬用に使われたり、皮は鍛冶職の鞴(ふいご)に使われたりしたとされ、横浜の英国人貿易商オーストンが約60匹を輸出したという記述もある。

 こうした背景から、乱獲されれば急速に減少し、絶滅の恐れもあると指摘。「天然記念物トシテ指定シ本種ノ貴重ナル所以ヲ周知セシムルト共ニ之ガ捕獲ヲ絶対ニ禁止シ以テ此ノ貴重ナル天然記念物ノ保存ヲ計ルノ要アルベシ」と保護の重要性を強調した。

 

 指定から100年の間も受難は続いた。戦後は森林伐採ですみかを奪われ、ハブやネズミの駆除を目的に放されたマングースは森で猛威を振るい、クロウサギは深刻なダメージを受けた。近年は山中で野生化した猫(ノネコ)が新たな脅威となった。

 

 森に緑が戻り、マングースやノネコ対策が進んだことで、クロウサギの生息状況は回復しつつある。夜道に出没することが増えて、ナイトツアーの目玉として人気を集める一方、交通事故で犠牲になる個体は増えている。サトウキビやタンカン樹皮の食害で、厄介者扱いされることも増えた。

 

 太古から命をつなぐアマミノクロウサギ。現代は人の暮らしのすぐそばで、時代に翻弄(ほんろう)されながら生きている。100年の足跡をたどり、奄美の豊かな自然を象徴するかけがえのない存在だと再認識する節目にしたい。