島尾ミホの生涯に思いはせる ツアーや講演、生誕100年記念 瀬戸内町

島尾ミホさんの実家跡を見学するツアー参加者=10日、加計呂麻島

島尾ミホさんの実家跡を見学するツアー参加者=10日、加計呂麻島

 作家・島尾敏雄(1917~86年)の妻で小説「海辺の生と死」などの著者・ミホさん(1919~2007年)=瀬戸内町出身=の生誕100年記念の催しが10日、同町であった。加計呂麻島でゆかりの地見学ツアー、古仁屋の町きゅら島交流館で映画上映会と記念講演会があり、参加者は昭和の文豪と添い遂げたミホさんの生涯に思いをはせた。

 

 NPO法人島尾敏雄顕彰会(潤井文子理事長)と瀬戸内町が主催した。見学ツアーは島内外の文学ファンら約50人が参加。押角集落では、門柱が残るミホさんの実家跡などを訪れ、長男の島尾伸三さん(71)らに説明を受けた。

 

 この後、島尾敏雄が戦時中に隊長を務めた「海軍特攻第18震洋隊」の基地跡がある呑之浦まで海上タクシーで移動し、ミホさんと人目をしのんで会っていたとされる海岸線を船上から見学した。

 

 上映会でミホさんが主演した「ドルチェ―優しく」(A・ソクーロフ監督、1999年)を約70人が鑑賞した後、伸三さんが「家族のこと」をテーマに講演した。

 

 伸三さんは両親を「思い切りわがままに生きた2人だった」と表現した。島尾敏雄について、裕福な家庭で育ったため、お金に無頓着な面があったと分析し、働き者のミホさんがそばにいたから小説で大成できたと語った。ミホさんが島唄を通して島尾敏雄に方言を教えていたという家族ならではのエピソードも紹介していた。

 

 顕彰会の潤井理事長は「ミホさんは『海辺の生と死』一つとっても、土地ならではの表現ができる感性豊かな人だった。島尾敏雄さんの作品づくりにも影響を与えたと思う。顕彰会として今後も2人のことを語り継ぐ活動を続けていきたい」と語った。