出身者しのび追悼式 阪神・淡路大震災から25年 神戸鹿児島県人会連合会
2020年01月18日
地域
【神戸市で榊原希望】兵庫県南部と淡路島を中心に6434人の命が奪われた1995年の阪神・淡路大震災の発生から25年となった17日、被災各地で犠牲者への祈りをささげる鎮魂の集いが開かれた。神戸鹿児島県人会連合会(小松大作会長、会員約500人)の震災犠牲者慰霊追悼式は神戸市の大倉山公園であり、奄美群島出身の遺族ら約70人が白菊を手向けて出身者らの冥福を祈った。
震災では多くの鹿児島県出身者が被災し、38市町村の203人が犠牲となった。奄美群島出身者は太平洋戦争を挟んで阪神地区に多く移り住んでおり、震災では出身者を含む142人の関係者が亡くなったという。
小松会長によると、1999年に公園内の「鹿児島県の森」に慰霊碑を建立。会員が毎月清掃し、毎年追悼式を開いている。震災から10年の節目に当たる2005年には亡くなった出身者の氏名を刻んだモニュメントを建てた。
追悼式では、沖永良部島2世の平植勝さん(80)、与論島出身の福嶋正次さん(87)が遺族代表として参列した。平さんは「(亡くなった)妹のことを覚えている人が少なくなりさびしい。毎年この日が来るたびに思いは深くなる。体が続く限り生きた証しを伝えていきたい」と語った。
震災から25年。福嶋さんは「記憶が薄れるとともに人と人とのつながりも希薄になっている」と危惧。「震災から、人は一人では生きていけないと学んだ。1月17日は人のつながりについて考える日でもあってほしい」と話した。
式後は参列者が鹿児島の焼酎を酌み交わし、手を握り語らいながらお互いの健康を確かめ合った。