「奄美本通り」命名50年 名づけ親・師玉さんに感謝状

奄美本通りの命名50周年で感謝状を受け取った名付け親の師玉幸子さん(中央)=5日、奄美市住用町

 奄美市名瀬の「奄美本通り」が名称を決めて今年で50周年を迎えた。5日、奄美本通り名店街の指宿俊彦会長らが命名者の師玉幸子さん(86)=同市住用町=に感謝状を贈呈した。

 

 奄美本通りは、奄美群島の日本復帰後、鹿児島市の繁華街「天文館」の通り名を借りて「名瀬市天文館通り」と呼ばれていたが、いつまでも借り物の名前では…と通り名にふさわしい名を懸賞募集。応募総数725通の中から、対外的にも奄美を売り出せると「奄美本通り」が選ばれた。

 

 この名称を書いた応募者は6人いたが、抽選の結果、当選した師玉さんに賞金3万円が贈られたという。今回は感謝状とともに3万円分の商店街の商品券が贈呈された。

 

 師玉さんは東京都出身。夫は奄美市誕生前の住用村長を努めた當章さん(83)で、前回の東京五輪が開幕する2日前に都内で式を挙げ、3年後に夫の地元である奄美に移り住んだ。

 

 応募当時は旧名瀬市の学生寮で管理人として忙しく働いており、当選を知ったのは人づてだったとのこと。「東洋一のアーケード」と言われた東京の小山本通り(現武蔵小山商店街)にあやかり名称を考えた。

 

 2人の息子を育て上げ、現在は夫と夫婦水入らず。今はテレビで2度目の東京五輪を観戦するのが楽しみという。「焼野原の頃を知っているから、競技はもちろん、変わった東京の景色を見てるの」と笑い、「50年よく生きた。本通りもますます繁盛するよう祈っています」と話した。