【輸血は今】④ まさか姉が 日常に潜む輸血危機

2024年09月16日

特集

奄美市議会の議員研修会で大木浩医師(左)から輸血用血液の搬送用冷蔵庫の説明を受ける与勝広市議(手前右から3人目)=2023年3月、奄美市役所

奄美市名瀬の県立大島病院では緊急手術だけでなく、予定されている手術でも日本赤十字社の血液製剤が尽きて生血(なまけつ)輸血をせざるを得ない事態がある。奄美市議会の与勝広市議(63)には1年前、自身の姉が当事者となった経験があった。

 

2023年3月。奄美市役所では奄美市議会の議員研修会が開かれていた。テーマは奄美大島の医療と輸血。県立大島病院麻酔科の大木浩医師(60)が講師になり、9カ月前、徳之島での闘牛散歩中に発生した大量出血の外傷症例を基に、奄美大島での血液備蓄所設置の重要性を解説していた。

 

血液備蓄? 奄美にそんな問題が? 離島で大量出血するとこれほど大変な苦労があるのか―。

 

そんな気持ちで話を聞いていた与市議。まさか8日後、自分の姉が輸血が必要な患者側になるとは、予想だにしていなかった。

 

姉の永井茂美さん(76)=奄美市名瀬=は長く市内で一人暮らし。3年前に自宅で転倒し、大腿骨(だいたいこつ)を骨折し、県立大島病院で手術をしていた。

 

与市議が議員研修会に参加した同月、永井さんは再び県立大島病院で同じ部位を手術。入院して術後療養していたが、感染を起こしている症状がみられたため、再度手術をすることとなった。

 

4月6日午前8時半。予定していた手術が始まった。

 

医学的に、同じ部位を何度も手術すると難易度が格段に上がり、出血量が増えることも多いという。永井さんの場合は同じ部位の3回目の手術。難易度の高い手術となった。

 

約4時間半に及んだ手術で永井さんは大量出血。自分の血液がすべて出血したのに等しいほどの量の血液が失われた。

 

多くの日赤血(けつ)を輸血し、手術を終えた永井さん。しかし集中治療室に運ばれた後も出血が止まらない。血管内治療で止血しようにもこのままでは治療もできない。

 

O型の永井さんにはO型の血液しか輸血できない。O型血の院内在庫が尽きるのは目前だった。午後1時19分。今、鹿児島本土の血液センターに血液製剤を発注すれば、午後8時には届く。しかしこの出血量ではとても6時間は待てない。

 

午後3時5分、生血輸血を行う判断がなされた。病院スタッフ4人から供血協力を得て4本の生血を確保。午後9時までに血管内治療を終えることができた。永井さんは、無事一命をとりとめた。

 

姉を取り巻く医療従事者たちの張り詰めた空気。手術に付き添っていた与市議は、そんな病院内に漂う緊迫感を患者の家族として眺めたことで、それまでの危機意識とはまったく違う心境になっていた。

 

奄美市内で日々暮らし、困った事態など起こっていないと思っていた県立大島病院。しかしその水面下では、「問題がない日常」を維持するために、医師や看護師らが寝る間を惜しみ、医療現場で必死に奔走していたのだった。

 

普段ニュースにもならない県立大島病院での輸血用の血液不足。一般市民からすると、病院で当たり前に受けられると思っていた輸血が、実はそうではないことが身に染みて分かった。

 

「これまで死者を出さなかったことが奇跡。血液問題は人権問題と一緒。東京だろうがへき地だろうが、生きていく上で命を平等に扱うことは政治に課せられた大事な問題だ」