「報恩丸」模型、7年ぶりに補修 土持政照と西郷隆盛結ぶ船 沖縄の船大工・越来さんが作業/和泊町
2018年04月24日
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【沖永良部総局】和泊町和泊の西郷南洲記念館に展示されている報恩(ほうおん)丸の模型の補修作業が22、23の両日にあった。報恩丸は沖永良部島で流人生活を送っていた西郷隆盛を「島抜け」させるため地元の土持政照が建造したとされる。船の種類は琉球の伝統的な木造船「マーラン船」。記念館の模型は沖縄の船大工が当時の製造工程を基に造ったもので、その時代の造船技術を知る上でも貴重な資料だ。
模型は、沖縄県うるま市の合資会社「越来造船」の3代目で、同市の無形民俗文化財(マーラン船技術保持者)に指定されている唯一の船大工・越来治喜さん(63)が、記念館が開館した2011年に制作した。全長230㌢、全幅60㌢。
補修は後継ぎで長男の越来勇喜さん(36)が担い、年月を経て空いたすき間を埋める作業や、船体のぎ装の一部手直しなどを行った。
勇喜さんは「船の造り方の大本は当時と同じ。模型といっても実際に水面に浮かべることもできる」と語った。
同記念館の宗敦さんは「この模型が国内でも唯一、マーラン船の技術を継ぐ船大工の作品だと今回知った。今後は報恩丸の歴史だけでなく、模型そのものの価値もPRしたい」と話した。
同記念館の史料によると、1863年、イギリスの軍艦が鹿児島に襲来した情報を得た西郷は居ても立ってもいられなくなり、「島抜け」を決心。西郷の意をくんだ土持が使用人を雇い替えした資金で船を建造した。
間もなくイギリス艦退却の報が入り、「島抜け」は中止となった。島民の恩義に報いるための船として「報恩丸」と西郷が名付けたとされる。全長は推定16~20㍍。