輸血18リットル 在庫「もうありません」 【輸血は今】②
2024年09月14日
地域
2022年6月5日、徳之島で男性が闘牛に刺されて重症を負った。救急搬送された奄美市名瀬の県立大島病院の手術室では、綱渡りのような状況が続いていた。
(柿美奈)
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「闘牛に刺されたって」
県立大島病院の麻酔医控え室にいた大木浩医師(60)は耳にした情報に驚いた。徳之島から搬送されてくる急患で、症状は外傷性出血性ショック、腹壁破裂、小腸穿孔。最大級に重症だ。やばいかもしれない─。手術中、患者の全身管理を担う立場として最悪の事態が頭をかすめる。
6日午前2時、患者が手術室に入室。通常80~100ある血圧が40しかない。患者を寝かせるための鎮静剤や、痛みをとる鎮痛剤は血圧を下げる恐れがあるため、もはや使えない。通常の麻酔管理ではありえない、100%の酸素と筋弛緩剤、血圧を上げるためのノルアドレナリンを投与するのが精いっぱいだった。
入室から30分でA型の日赤血を1200㍉㍑輸血。しかし、出血量は既に1900㍉㍑に達していた。
輸血しても輸血しても、血液が失われる。通常の輸血の速さでは間に合わず、注射器を使って大量の血液を点滴から送り続ける。熟練の麻酔科医が2人がかりで、片時も手先を休めることなく必死で輸血を続けた。
午前3時。「輸血用の血液はあとどのくらいある?」「A型もうありません」─。
患者と同型の日赤血の院内在庫が尽きたことを手術室看護師が告げた。
そのころ同病院には、深夜にも関わらず手術に必要な血液を提供するため、島民ボランティアが続々と集まっていた。大勢の看護師で問診や採血を行っていく。この夜は21人から採血をし、投与する生血を確保した。
手術室ではこのA型の生血とO型日赤血の投与が始まった。出血量は3700㍉㍑に達していた。
午前4時49分、鼻出血を確認。傷がないにもかかわらず出血が始まる。血管がもろくなり血液が止まらない凝固障害が発生している。手術室に緊張が走る。
午前5時46分。血液製剤58本目の投与となったころ、ようやく血圧も安定し、手術は終了。集中治療室に搬送されるときには61本目に差し掛かっていた。床一面に広がった血だまりが、約4時間にわたる手術のすさまじさを物語っていた。
手術中の役割が飛行機を操るパイロットに例えられる麻酔科医。30年というキャリアを持つ大木医師はなんとか無事に「着陸」させた安堵とともに「これほどまでの手術は滅多に経験しない」と汗をぬぐった。
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1カ月後。奈良県で安倍晋三元首相が銃撃され、約14㍑の輸血がなされた。闘牛に刺された県立大島病院の患者は約18㍑。島民の供血ボランティアがなければ患者の命は失われていた。日本赤十字社の血液センターが遠く、すぐに血液が届かないため生血輸血に頼らざるをえない。
大木医師は関東から奄美に移住し12年。手術室の「パイロット」として、血液が届かないが故に患者が死のリスクにさらされる現状に、歯がゆさと理不尽さを痛感する。
「輸血で助かる命がある。18㍑も日赤血をそろえるのは無理かもしれない。しかしすぐには血液が届かない離島だからこそ、厚労省と日赤には供給体制を手厚くする責務がある。本土並みの供給体制を望むのは離島にはぜいたくなのか」
メモ
【小腸穿孔】小腸壁に穴が開いた症状
【日赤血】日本赤十字社が製造販売する輸血用の血液製剤
【生血】ボランティアの協力で病院内で採血した血液。院内血