止まらぬロードキル 世界遺産1年「命輝く森」(上)
2022年07月28日
世界自然遺産
「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」の世界自然遺産登録から1年が経過した。遺産の森周辺に、独特な動植物が多くすむ生物多様性の島々。人の暮らしのそばに豊かな自然が息づく半面、希少な生き物のロードキル(交通事故死)や盗掘・密猟など、〝世界の宝〟を脅かす問題は尽きない。遺産をどう守り、生かし、伝えるのか。保護と利用の課題を探った。
■奄美のシンボル
奄美大島と徳之島だけに生息する国の特別天然記念物アマミノクロウサギ。世界遺産になった両島の豊かな自然を代表するシンボルだ。環境省のレッドリストで絶滅危惧ⅠB類。近年、道路に出てきて車にひかれてしまうロードキルが急増している。
両島合わせたクロウサギの事故死の確認件数は、2020年に66件、21年に76件と、2年連続で過去最多を更新。今年も6月末時点で42件と、前年同期の32件を上回っている。
事故が増えたのは、森林の回復とともに、希少種を襲うマングースの駆除や野生化した猫(ノネコ)の捕獲など、保護対策が進んだことで、クロウサギの数が増え、生息域も広がったことが要因とみられる。今後も森の周辺で生き物が増え続ければ、さらに事態は悪化する恐れがある。
■事故防止へ柵設置
「ドライバーに注意を促すだけでは、事故を減らせないのが現状。啓発は大切だが、それ以上の対策が必要だ」と、環境省奄美群島国立公園管理事務所の阿部愼太郎所長は厳しい表情を見せた。
奄美・沖縄が自然遺産に登録された昨年7月26日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は、クロウサギなど絶滅危惧種のロードキルを課題の一つに挙げた。
専門家と行政などの関係機関でつくる特別チームが課題への対応を検討し、今月中旬までにユネスコへの報告書案がまとまった。奄美大島と徳之島では、クロウサギが道路に出てこないように、事故が多発するエリアで侵入防止柵を増やすなど、対策を強化する方針が示された。
■抜本的な対策を
「ロードキルを減らす抜本的な対策が必要だ」と沖縄大学の山田文雄客員教授は指摘する。
クロウサギの研究を30年続け、奄美・沖縄の希少種保護の取り組みについて助言してきた。「侵入防止柵の設置はあくまでも試験段階。ロードキルの抑制に効果があるかどうか検証が必要。有効でなければ、設置方法の改善やアンダーパス(野生生物用の地下通路)など他の方法を展開しなければならない」と提言する。
ドライバーが路上の生き物を避けるために、事故を起こす可能性もある。「野生生物への対応だけでなく、運転する人の習性や行動も考慮して対策を考えたほうがいい。運転者を保護するためにも重要になる」と述べた。
世界遺産委員会は、ロードキル対策を含めた課題4項目について、今年12月1日までにユネスコへの報告を要請した。環境省などは報告書の提出に向けて作業を進める。
山田氏は「人が古くから住み、人口も多い『奄美・沖縄』のような自然遺産は他にない。世界遺産委員会の要請に答えを出すだけではなく、持続的に自然を守りながら賢く活用し、次世代に引き継げるように、島内外で知恵を出し合い、世界に示せるモデルを作り上げてもらいたい」と呼び掛けた。