戦中戦後の暮らし学ぶ 体験者が当時の様子語る 大和小学校

2023年07月14日

子ども・教育

② 戦争中や米軍統治下の奄美について説明する晨原弘久教育長=13日、大和村思勝

大和村立大和小学校(新村篤校長、児童23人)で13日、奄美群島の日本復帰70周年を記念した特別授業があった。村教育委員会の晨原弘久教育長と、同村思勝の玉井俊一さん(86)が講師を務め、全校児童のほか保護者ら約20人も参観。戦争中や米軍統治下の奄美の暮らしや、当時の大和小学校の様子について体験談などから学んだ。

 

戦中戦後の大和小学校の様子などについて自身の経験を語った玉井俊一さん=13日、大和村思勝

晨原教育長は太平洋戦争の始まりや奄美群島の米軍統治下、復帰運動などを時系列に説明。日本本土と分離され貧しい生活の中、食料や衣類を入手するため密航を経験した人のエピソードも紹介した。

 

1943年に思勝国民学校(現大和小学校)に入学した玉井さんは、自身の経験を基に講話。戦中戦後は電気や水道がなく、石油ランプや井戸水を使っていたこと、自給自足の生活でサツマイモやソテツのおかゆを食べてしのいでいたことなどを語った。

 

玉井さんによると、終戦間近の45年頃には同校も米軍による爆撃を受けた。休校中で犠牲者はいなかったが、校内には直径30メートルほどの大きな穴があいたという。「爆弾が落ちた跡に水が溜まっていた。終戦後に児童や地域の人たちとみんなで穴埋めの作業をした」と振り返った。

 

児童らは真剣な表情で耳を傾け、最後に気になったことを活発に質問していた。5年生の吉本凰雅君(10)は「大和村も爆弾が落とされて傷ついたことを初めて知りびっくりした。当時の人たちはどんな気持ちだったのかなと考え、とても心に残った」と話した。